「痴呆のケアとコミュニケーション」
講師 梁 勝則さん
(日本ホスピス在宅ケア研究会事務局長・はやしまクリニック院長)
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20年前のガン末期は苦しむもの
私が医者になりました21年前は、ちょうど医療がすごく進歩する頃でした。その中で、今でも記憶に残っているのは、1年目の研修医の時に診た28歳になる末期ガンの患者さんのことでした。その人は胃ガンで、手術もできない状態でしたが、首の付け根から太い点滴を入れて生かされていました。私が研修医の頃ですので、回診の一番しっぽのほうについて回ってみますと、その人は目をぎらぎらさせて、ずっと起きていました。夜も昼もずっと起きてました。何故かというと、苦しくて寝てられなかったんですね。ガンの患者さんてかわいそうだな、ひどく苦しんでるんだなと思いました。私はその部屋へ行くのが怖くて、ときどき顔を見てましたが、28歳といいますとここに参加している皆さんとそう変わらない年代ですね。夜も昼もうめきながらそのままお亡くなりになりました。20数年前、ガンの末期の患者さんは、かわいそうだけど苦しんでもうめいても仕方がない存在だと思われていました。
ホスピスケア
医者になって10年くらい経ち、ある時50代の患者さんとお会いしました。私が36歳ぐらいの時ですね。その方は膵臓ガンの患者さんでした。10数年前はガンの方にガンだといわないのが普通でしたので、慢性膵炎だけど手術が必要だ、ということで膵臓ガンの手術をしました。10年前も今も膵臓ガンの方というのはあまり助かっていません。その方は結局お腹は開けましたが膵臓ガンは取りきれず、1ヶ月後に痛みのためにまた入院されました。膵臓ガンというのは痛む人はひどく痛むんですね。昼も夜も痛みがあって、痛みがコントロールできないために、その時、手術に使う麻酔薬を少量点滴して、コンコンと寝かしつけました。麻酔薬を注射すると寝るんですが、目が覚めてどうかなというので切ってみると、痛い、というふうにおっしゃるんです。その方は入院して2ヶ月ぐらいでお亡くなりになりましたけど、昏睡と痛みの間を行ったり来たりしながら、徐々に弱ってお亡くなりになりました。
ガンのホスピスケアという、その当時は新しいことを始めました。そうしますと、患者さんの痛みは、モルヒネという麻薬系の鎮痛薬を使いますとよくコントロールされまして、患者さんは楽になりました。ガンの痛みってこうやったら結構よくなるんだ、ということを10数年前に知りました。痛みがおさまった患者様に「何がしたい」と尋ねますと、ほとんどの方が家に帰りたいとおっしゃいました。やっぱり家に帰りたいよね、ということで、それだったらお家でサポートできる在宅のシステムをつくろうということで、在宅ホスピスケア中心のクリニックを開業しました。ガンの末期になっても出来るだけ家で過ごしたい、どうせ死ぬんだったら畳の上で死にたい、という方を支える仕事をして、今年で11年目になります。ただ、普通の診療所ですのでガン以外の患者様も往診することがよくあります。ガンの患者さんや、寝たきりの患者さんや、いろんな患者さんを診ているうちに、ガンの末期もたいへんだけど、結構同じぐらい、あるいはもっとたいへんな状態もあるということに気がつきました。それが痴呆です。痴呆の患者さんというのはご本人も大変ですし、家族も大変です。
痴呆ケアとの出会い
私が初めて痴呆の方の悲惨な末路をみたのが8年ぐらい前でした。その方はひとり暮らしで、82歳の女性だったんですが、膝の関節を痛めて通院が困難になったため往診をしていました。高血圧と糖尿病のある方でした。最初はとても調子が良くて、往診に行っては冗談ばかり言ってたんですが、そのうちその方がこう言うようになりました。「知らない人が窓から顔を出している」「夜になると誰かが覗きに来る」、と言い出しました。小さな古い一軒家に住んでいましたので、そんなこともあるのかなと思っていました。しかし、よく見ると、とても小さな粗末な家で、その家に泥棒に来るような人がいるとは思えません。近くに娘さんが住んでいましたので、お話しを聞くと、「お母さんは最近、ときどき変なことを言うのよ」とおっしゃっていました。それがだんだんこうじてきまして、夜になりますとひとり暮らしなので不安になります。窓を開けて、「助けて、助けて」と大声でわめくようになりました。娘さんは近くに住んでましたが、母子家庭で自分の子どもの世話もありますので、お母さんについてあげることが出来ませんでした。「助けて」という、夜中に響く声で近所の人たちは眠れなくなりました。結局、どうしてくれるの、というふうに娘さんが迫られまして、娘さんは泣く泣く精神病院にお母さんを入院させました。2ヶ月後にその方はお亡くなりになりました。その時、私は在宅を担当している看護婦さんと、痴呆ってかわいそうだね、入院させられて2ヶ月で死んじゃうんだものね、と話し合いました。でも、8年前はボケてこうなるのは仕方がないなと感じました。つまり、20年前にガンで死ぬのは仕方がないと思っていたように、8年前の私は、痴呆で、精神病院に入れられて、点滴して、2ヶ月後に死亡するのは仕方がないというふうに思っていました。そういう事例を他にも経験しました。ボケて大騒ぎをするようになると、困り果てた家族は、運が良ければ特別養護老人ホーム、なかなか老人ホームは空きませんので多くの場合は精神病院に入れられていました。残念ながら精神病院の中で痴呆性高齢者の住む場所はたくさんはありません。あるいは老人病院でもどうしても抑制の問題が発生して、痴呆症状の強い高齢者が入院しますと長くは生きられないと言うことがしばしばです。
高度の痴呆でも幸せな生活
90歳ぐらいの女性の方がいらっしゃいました。やはり娘さんと2人で暮らしてたんですね。その人はたいへん男性が嫌いでして、私が往診に行って聴診器を当てようとするとビッと唾を吐くんですね。その人の唾が私の眼鏡にあたったりしてね、娘さんが、「先生よかったね、眼鏡してて」とおっしゃってました。その娘さんはけっしてお母さんを叱ろうとしなかったです。「お母さん、その人はお母さんの嫌いな男の人じゃなくてお医者さんよ」、と説明してましたが、けっして叱ろうとはしませんでした。その方は結局お家で肺炎でお亡くなりになりましたが、不幸せではありませんでした。幸せに最後まで過ごせるお年寄りもいらっしゃるんだなということに気がつきました。同じようにボケても、とても不幸せになる方、最後は虐待に近い形で人生を終えられる方と、最後まで大事にされながら人生を終えれる方と二通りあるんだなと気がつきました。
痴呆とガンとの関係
痴呆というのは、とてもガンの末期に似てるんですね。
・治らないということが似てますね。
・治す薬というのが今も開発されてないし、これからも非常に難しいだろうと。何故なら、ガンも痴呆も人間の老化ということに強く関係してますので、おそらく難しいだろうと予測されます。
・適切なケアを行えば、ガンであればホスピスケア、痴呆であれば今回ご説明するようなバリデーション、あるいは別の言い方でもいいでしょうね。
適切なケアを提供すればその人は肉体的に、あるいは精神的に苦しまずに人生を健やかに、充実した人生をおくることが出来るだろうなと考えました。私は内科医でガンのホスピスケアの出身ですが、今は痴呆ケアというのを一つのライフワークにしていきたいなと思っています。
バリデーションとは
痴呆のある高齢者を理解する方法。そして、痴呆高齢者とコミュニケーションする方法です。この方法を使えば、苦しんでいる痴呆高齢者とコミュニケーションし、彼らを支えたり、救ったりすることができます。ボケたら勝ち、と言うことわざがありますけれども、実は痴呆の高齢者というのは非常に苦しんでいます。接している人はわかるでしょうが、困惑した顔つきですよね。それから、高校生が学校の先生にひどく叱られたときのようにきまりの悪い笑顔をします。その苦しみを適切に表現する方法がないので、苦しんでいるということを私たちは容易には理解出来ませんが、実は苦しんでいます。
バリデーションは直訳すると「強くする」という意味です。この本をみますと「高齢者を認める」という意味に使ってますね。ですから、認めて強くするという意味ですね。バリデーションのバリューというのは「物の値段」「価値」という意味です。従いましてバリデーションというのは「その価値を認める」という意味です。バリデーションの本質的な意味は、「その人を正当に評価する」「痴呆老人を正当に評価して、その人を認めて、その人の人生を強化」するという意味であります。
痴呆が悪化する原因
- 否定する(だめ、いけません、なにしてんの?)
- 間違いを指摘し、訂正する(例:食べていないと言う人に食べ終わったばかりのお皿を見せる)
- 説得する
- 理屈を言う
- 理由を問う(なぜそうしたの?)
- 恩着せがましい態度(〜してあげるからね)
- 無視する、孤独にする
このような方法をすると、被害妄想がだんだんひどくなったり、尿便失禁がひどくなったり、便を壁に塗りつけたりしてどんどん悪化してきます。いずれ植物状態になっていきます。
ナオミ・フェイルさんを紹介
70歳の女性です。ずっとソーシャルワーカーをされ、バリデーショントレーニング協会を設立し、専務理事をしています。彼女は30年以上痴呆ケアを行ってきて、いろいろ失敗もして今のバリデーションセラピーに到達しています。彼女の失敗というのは、こういう事ですね。「以前は自分も痴呆はいけないことと思っており、施設で痴呆の高齢者に、例えば日時を間違えたときには正しい日時や、あるいは、母親に会いたいといったときにはその人の両親が亡くなったことなど、現実を理解させようと躍起になった。しかし本人は混乱し、不安定になるばかりで、人間としての尊厳を失ったまま亡くなってしまった」。つまり、正しいことを言うと痴呆老人はますます悪くなって、失意と混乱のまま亡くなってしまったと。そういう、正しいことを教える方法を「リアリティオリエンテーション」といいますね。その方法をいくらやっても高齢者は良くならなかった。むしろ悪くなったと。痴呆老人に正しいことを教える方法は間違っていたというふうにナオミ・フェイルさんは言っています。まだやってるところがあると思いますが、痴呆老人に正しいことを教える方法はおそらくこれからも成功しないと思いますね。
回想法ということをおやりになってる方もいらっしゃいますね。昔の事実を、ちょっとずつ現在から過去に遡って正しいことを教える、という方法もたいていは成功しないですね。リアリティオリエンテーションが成功しないのは、痴呆が有る無しに関係なく成功しないですね。お母さんやお父さんに、勉強しないとえらい人にならないぞ、と言われて勉強する気になった人、いらっしゃいますか? いないでしょ。痴呆がなくてもあまりに正しすぎることというのは受け入れがたいんですね。おそらく、人というのは自分でその気にならなければ勉強もしないし、何もしないだろうなと思いますね。
バリデーションセラピー
痴呆高齢者を理解し彼らとコミュニケーションする方法があり、この方法を使えば、苦しんでいる痴呆高齢者を支えることができる。心理的、社会的欲求が満たされた痴呆高齢者は痴呆の悪化が予防できるそうです。植物状態まで退行することはない、とナオミさんは言っています。
痴呆の4ステージ
第1ステージが記憶障害、軽度の記憶障害。実は、パッと見ると痴呆の方かどうかわからないときがあります。私の外来にもいらっしゃるんですが、高齢者のひとり暮らしの人で、高血圧の方ですが、その人が来たときおっしゃるには、毎週物がなくなるんですね、自宅から。花の先生なんですが、一番大事にしている花器がなくなったと。誰がとったかわかるんですよ、と言うんですね。「私の姪なんです、姪に、私の家に勝手に入らないでというと、真っ青な顔になって返事もしないから絶対に姪です」、と言うんですね。で、次の週は、「私の株券がなくなった、これは野村證券の窓口担当の女の人が隠したんです」、というふうにおっしゃるんですね。知らない人が聞いたらボケたようには見えないです。何故かというと、彼女は日常生活はちゃんと営んでいますし、どのように盗んでいたかということも結構リアルに語れるんです。「私が居ない間に上がってきたあとがあるんです」、と言うんですね。「いつも私が居ないときになくなるんです、私の家に自由に入れるのは姪しか居ません、だから姪が犯人です」、と言うんですね。株については、「野村證券に預けてるから、窓口の女性なんです」、と言うんですね。私はいつもふーんと聞き入るんですが、そういうふうに記憶障害の時は、これは第1ステージですが、全体の考えというのはまとまってまして、痴呆に気づかない事もあります。
第2ステージになりますと見当識の障害が起きてきます。どこで、いつ、誰に会ったとか、今ここはどこか、それから30分前に何があったかというのも覚えられなくなってきます。この見当識になりますと誰が見ても、この人はおかしい、とわかります。バリデーションがうんと有効なのはこの第1・第2ステージです。
第3のステージは繰り返し動作になります。ずっと何かを叩いたりしているとかね、同じ歌を歌っている人とか、同じ人の名前を朝から夜まで呼んでいる人とか、そういう状態を繰り返し動作のステージといいます。同じ事をずっとしている痴呆の方と接したことのある方いらっしゃいますか。結構いらっしゃいますね。
第4ステージは無言、無動、じっと一日中下を見ている植物状態になります。植物状態までいきますとたいていは燕下障害、物を飲みこんだりすることが出来なくなって肺炎でお亡くなりになります。
ですから、ステージ2までに止めておけばその人は多くの場合、価値ある人生をおくることができます。
痴呆に起因すると思われる問題行動、問題発言の全てに理由や背景があります。理由や背景のない問題行動はほとんどありません。つまり、ボケたからそう言うんではなくて、そう言う背景には何かがあるんですね。家に帰ると言ったときにはなにか家に帰りたい理由があるんです。その理由や背景を知るということは役に立ちます。ただ、本人からは聞けないことが多いですから、家族から聞く必要があるかも知れません。
傾向性
例えば、「財布をとられた」、と言う方の場合、多くは若い頃にお金で苦労した経験があります。あるいは実際に泥棒に入られた経験があります。
ティッシュをたくさんお部屋に集める人は、実は尿失禁を知られるのが怖くて、それに備えてティッシュを集めている場合があります。理由のない問題行動はありません。この理由や背景を知るというのはとても役に立ちますので、是非御家族から聴取してください。
問題行動は主に4つの理由でおこる
1番目に、愛情が満たされないとき。誰も自分の相手をしてくれないとき、問題行動が出てきます。
2番目に、役割を見いだせないとき。することが無くて一日中じっとしていなきゃいけないときに問題行動が出てきます。
3番目に、自分の感情が発散できないとき。我慢すると問題行動が出ます。
4番目に、周囲から傷つけられたとき。例えば、あざけられたり、命令されたり、間違いを指摘されたりして、周囲から傷つけられたとき、問題行動が発生してきます。私たちは高齢者の問題行動について、やはり過剰に反応してしまいますので、更にそれが問題行動に繋がることがあります。
バリデーションセラピーの本質
その人の世界観の中でコミュニケーションすることです。その人が真実だと信じている出来事、真実だと信じている過去、真実だと信じている現在、その人の世界観の中でコミュニケーションするとうまくいきます。
バリデーションセラピーの原則
無条件にその人を受容する。相手の全てを受け入れ、相手にとっての真実を全て受け入れるということです。そして、無条件に共感する。相手の世界に合わせ、相手の世界に入っていく、ということです。
リフレージング相手が無茶を言ってきたり、問題的な発言をしたときに、あなたを無条件に受容して共感してますよということを言葉に表すのは、相手が言った言葉を繰り返すことです。これを「リフレージング」といいます。おうむ返しというとちょっと不適切なんですが、繰り返しですね。これをカウンセリングの世界では反射というんですがね。フレーズというのは言葉ですね。同じ言葉を繰り返すのが相手に対して受容と共感を表す最大のコミュニケーションスキルです。
極端な言い方をする。相手の気持ちを強調してあげるんです。「しんどい」と言われたら極端に「すごくしんどいのですか?」とか「今日のご飯は食べられたもんじゃない」と怒ってこられても「そんなにひどい味でしたか」「今までで最悪の食事ですね」など。
それとは反対のことを想像する。「娘が全然会いにきてくれない」。そしたら「娘さんが会いにきてくれた時はどんな気分でした、「今日のご飯食べれたもんじゃない」と先ほどと、同じことを言われた場合でも「おいしい食事されたことはありますか」とお話してみてください。
実は私たちが陥りやすい習慣は、すぐ対処に向かってしまうというところですね。コミュニケーションというのは対処じゃないんです。相手の心と深く繋がること。繋がる方法は、さあ、受容は出来ましたね。リフレージングという言葉を覚えてください。なんて言っていいかわからないときは相手の言葉をそのまま繰り返すといいです。
対処とは、例えば「財布を取られた」と言われて「じゃ一緒に探しましょう」「それなら銀行に預けましょう」などの対処を避け、コミュニケーションを行いながら少しずつ落ち着かせてあげましょう。
(次号へつづく)
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