|
「やる気を引き出す介護とは」
講師 備酒 伸彦さん
(兵庫県但馬県民局 但馬長寿の郷
企画調整部地域ケア課主査・理学療法士)
----------------------------------------
慣れ・思い込みのこわさ
今から特養の例をいくつかお出しします。僕は特養の悪口を言うつもりも皆様に特養セミナーをするつもりもないんです。こういうことを見られて、自分たちの仕事でもこんなことがあるなっていうことをお気づきになったら幸い。それを正そうと思っていただければ幸いという意味です。
ある特養の姿です。<スライド>
昼前、11時くらい。ひとつのところに集められて、体に全然合っていない車椅子に無理矢理乗っけられて、一方向に向けられて、あげくの果てに教育テレビの幼児番組ですよ。しかもこれね、高い位置にテレビを置いて首を上にあげ、どう見ても冷静に見たら虐待ですよ。残念ながらわが国の特養の7割はこれと言って間違いないんじゃないですか。
それに対して、こういう特養もあります。みんな勝手気ままに、カチャカチャカチャカチャいわしてコーヒー飲んでる方、一人でぼーっとしてる方と3人で喋ってる方、それからケアワーカーと看護婦さんを引き連れて喋ってる方。これ、痴呆ユニットです。そこでこんな自由な雰囲気が出てる。この違いは何ですかね。あなたならどちらの施設を使いますか?
逆に今度は特養の職員を擁護するようなことになりますけど、別に悪気ないですよ。特養の職員なんかもいい人多いですよ、一生懸命やってますよ。20歳そこそこの職員が額に汗してね。特養の職員てすごいなと思うのは、出勤時刻の1時間くらい前にはみんな来てますわ。そんで誰かの後追いフォローしてます。就業時間終わっても大概残って何かしてます。熱心ですよ。
その熱心さがちょっと心配なくらい熱心。これはもう取りも直さずね、慣れによる思い込み。僕らこういう施設に行って、職員と話をするたびにそれを実感します。多分若い職員が始めのパターンの特養に入った時は違和感を持ったと思うんですよ。ところが、新人として入ったら先輩についてもらって現場研修を受ける。先輩が一生懸命やってる、手を抜いてない、自分も見よう見まねでやってる。だんだん違和感があるのが小さくなり研修期間が終わる。
今度は自分もその手順の中に入って必死になって働く。帰ったら疲れてひっくり返るくらいですよ、問題意識はあるんやけど違和感がどんどんなくなっていく。僕は今まで特養へ行って、100人200人のケアワーカーさんとは話をしました。その彼らのほとんどが違和感を持ってるんです。だけどそれが日々の業務の中で慣れてきて小さくなり、変えれない。怖いですよ。この時に誰かが中から変えていこうという意識を持たないと、僕はあかんと思うんですよ。
特養実例パート1
これも酷い話ですよ。「離床」という言葉がありますよね。床から離れる。もう今時、離床してない特養はさすがに無いですわ。離床というのは、する方もされる方も大変ですよ。その大変なことした後、廊下の端にたてに並べて「なんで縦列駐車なの?」 って思います。一番大変なことをした後、新しい施設基準の施設やから、ほんの5mか10mこっち来たらとっても素敵なリビングあるんですよ。なんでそこ行けへんとここ並んでんのよ。しかもなぜ靴が車いすのストッパーに掛けているのか?
特養実例パート2
こんな施設もありますよ。暗くて恐縮ですけど、人の寄り合いとして。二つのことを申し上げておきたいのは、この施設は古い施設基準で、いわゆる洒落たリビングルームに見えますけど、もともと土地がずれてたから廊下に職員が、ソファーをどっかから引っ張ってきたり、テーブルを置いてみたり、畳の匂いのする台を置いてみたり、人が集まれる雰囲気ができたんです。ひと工夫なんです。先ほどとの差は紙一重。ほんのひと工夫が重なっていくと、楽にこれができちゃうんです。しんどくないですよ。
ほんのひと工夫
仕事をケアワークの現場で僕が客観的に拝見すると、一生懸命楽しくやってる人は楽にやってます。しかも職員と利用者の関係性がよくなってくるんですね。これも皆さん、ベテランの方が多いですからわかるでしょう。
ある特養の職員が利用者の真ん中で「姥捨て山」を読みあげてる。このけれん味のなさ。ふざけてやっているわけでも嫌味でもない、図書委員の利用者が「あんたこれ読みなさい」て言ってこれ渡してるわけです。本を読みながら職員と利用者の間で「そんなことしたらあかんなー」って怒ってるんです。この職員との信頼関係ってすごいと思いませんか? そらきれいごとは簡単ですよ。だけどこういうゆるぎない関係性が持てるためには、やっぱりひと工夫の重ね合せやと思いますよ。
「人権、人の想いっていうのは誰でも言う」だから理念としてはみんな高邁である。だけどそれができてる所がどれだけあんねん。これができる関係性というのはやっぱり本物やろうなと思いますよね。これ口先だけでね、人権や理念や言うてもできませんよ。本気でやってるからやれるんですよ。
実はここで僕が力入れて申し上げたところのスタートは、小さい積み重ねですよ。何べんも言いますけど、パート1とパート2の差は紙一重です。これは、冒頭で申し上げたように特養だけの話じゃないですよ。在宅でのホームヘルプサービスだって同じ事ですよ。ちょっとひと工夫があるかないかの積み重ねが、大きな変化になってくるということやと思いますね。
僕の大好きなある特養ですけど、ここの特養は調理師さんがね、ご飯作っちゃった後、手が空くからって、ご飯召し上がってる間にふらふら出てきてくれるんですよ。調理師さんとしては休んでてもいい時間なんですよ。でもこの彼女にするとこれがレジャーやと言い切りました。どういうことかというとね、長い時間かかるお爺ちゃんお婆ちゃんが多いでしょ、せっかく作ったもんが冷めとったら、面白ないと。
「ちょっと、電子レンジでチンしてよろしいか」て奪っちゃっていくんですよ。ここは難しいとこでね、休むことも大事なんだけど、彼女にとってはそれがリフレッシュなんですって。だから、これ絶対誤解しないでくださいよ、休む時間を削って働けというのは絶対間違いですよ。人間は根性だけで働けませんからね。
利用者に興味をもとう
やっぱり利用者に興味のある施設っていうのは、職員も楽しそうだし、それから仕事もいいですよ。典型的なのはね、僕らが行くでしょ、いい施設ってのはね、「わー備酒さん来た!備酒さん来たってー」とケアワーカーが集まるの、10人くらい。「あんたが言うたやつ全然あかんかったで」とか「あれうまいこといったわと」「ちょっと見に行こう」て、もう引っ張り合い。よくない施設っていうのは単純です。行くでしょ、皆逃げるんです。モーゼの十戒みたいに道が開くんですよ。
結局ね、利用者に興味があるかないかですわ。これも難しいとこで、興味持て持て言われても持ちようがわからなかったら難しいんです。これは研修せないけません。僕、ケアは全て技術で考えるべきやと思ってるんですよ。例えばね、大嫌いなのは「福祉の仕事をしている人は優しくなければならないとかね」「うちは優しさがとか人権が」てこと言う人おるでしょ。信じる気にならないんです。なぜかと言うとね、当たり前じゃないですか。
人に関わる仕事してる人が、人に親切で、誠実で、その人の人権を重んじることは当たり前でしょ。それをわざわざ言うこと自体僕はおかしいと思う。我々はプロですから、それを具体的に実現する技術を発揮するのが仕事です。これは冷たい言い方でもなんでもないんですよ。それをごまかしちゃう。愛やの何やの。そりゃ世界の仕事は全部究極の目標は、人類平和ですよ。そんなこと言われたって具体性あれへん。
「どうやって目の前の方を具体的に支援するの」ていうのが、我々に課せられた仕事やと思うんですよ。そういう意味で「興味持てっ」て頭ごなしに言われても駄目でね。例えば「身体のこと」「心理のこと」「環境のこと」っていうのは、それぞれ勉強する手法を見つけて、勉強していかないとあかんと思うんですよ。
人に公開することが大切
思い込みをなくす一つの答えはね、自分のやってることを人に見せることやと思います。公開すること。僕がデンマークとスウェーデンを3週間ほど滞在した時に実感したことですけど、デンマークの老人保健施設、70人定員の施設で美容院があるんですよ。「何で」て聞いたら答えは簡単。老健の美容院じゃなくて、老健の建物の中の場所を美容室さんに貸してるんです。だから客が外からも来るし老健の中からも来るんです。結界ってあるでしょ。
それが自動扉にあるんですよ。例えば福祉施設だったら自動扉から中は福祉の世界、自動扉から外は普通の世界。保健の施設やったら中は保健で外は普通の世界。これはあかんと僕は思います。なぜかというと、自分の仕事を人に見てもらえないから。人にサービスを見せだすと良くなるんです。老人保健施設ですから職員はナースでナースの格好してますよ。
そこの食堂で利用者さんが食べてもいいし、利用者さんしか入れない食堂もあるんです。オープンテラスもあるんですけど、お金を払って外から来た人も食べれるし、お見舞いに来た家族やタクシーの運転手さんが来て、800円払って日替わり定食を入ってきて食べてるんです。
特養や老健でとんでもないご飯をだしてると客が来ませんからひどいのは出なくなります。ましてやもうちょっと気の利いた客やったら「これ何やねん」と教えてくれますから。公開することってのはものすごい大事。わが国では、それがピシっと線を引きすぎ。特にホームヘルプに関わっていらっしゃる皆さんは、自分の仕事をどうやって公開していくかというのは大事なテーマやと思いますよ。
わが国でも素晴らしい特養があって、あるご夫婦がいるんです。奥さんがご飯食ている時に、お爺ちゃんはね、自分の食事のあと来るんですよ。それでかいがいしく食事介助を始めるんですけどね。10分もせんうちに飽きるんですね。飽きたらそのままどっか行きゃいいのに、ケアワーカーを呼んで「あとはやっとけ」って言うて、その真ん前のソファにどかっと座って見とるんですよ。ここの職員、食事介助すごいですよ。見てる僕らが「あーん」てしたくなるくらい。
皆さん嘘かと思われるかもしれませんけど。食事介助は難しい技術ですよ。「お互いにやって練習してるか」て聞いたら、大概の施設「そんなんしてないっ」て言う。そこの職員は「当たり前やないですか、やってますよそんなもん。毎食前にやってますわ」て怒られるくらいやってる。サービスを見せる。しかも一番見られたら怖い人に見てもらう。これはね、サービスのブラッシュアップにはなりますわね。
安心感をもたせる
見せるっていうのは大事なんです。ある特養の痴呆ユニットのど真ん中に冷蔵庫が置いてあるんです。ここ、車椅子でも歩いても行けます。ここの冷蔵庫「取った、取られた」がないんです。信じられないでしょ? 僕は不思議でこれもずっと観察して、もう単純なこと。そういうことが起こらない理由。
冷蔵庫の扉にね、どなたがお使いになっている冷蔵庫やっていうのがはっきり「山田さん」とか何やかんや名前が書いてある。バッと冷蔵庫開けると、ちゃんと個人毎にトレイに綺麗に整理されて、名前が書いてある。ですから、車椅子でお爺ちゃんが来て「オイわしのお菓子あるか」て言うたら、「ありますよどうぞ見てちょうだいって見せられる」「あーあるな」て安心して行きはる。
痴呆の中核症状、記憶障害であったり思考のちょっとした分裂的なことであったりっていうのは、ほとんどの場合手出しできないです。だけどその周辺にある症状、徘徊であったり、うんちで遊んでしまったり、土を食べてしまったりというのは、かなり落とせますよ。安心感を提供する。安心感を提供する一番具体的な方法(ちゃんと見せること、ちゃんと説明すること)で変わってきます。
見せることっていうのはね、即物的に目で見るだけやなくて、説明するということも含めて見せることやと思いますよ。平成6年から長寿で仕事しだして、一度、こんなことがありました。「バスマットをお使いになったらいいですよ」って言って、在宅訪問して、「2割引くらいで2,400〜2,500円になりますよ」「これで買う?」も言うて相手の方も「ありがとうございます」て言わはったんですよ、それで「手配しときますわね」って言うて家を出た。
ちょっとした忘れ物があって戻ったんです。「こんにちはー」ってお声掛けしても耳が遠くて聞こえない方で、なかなか返事がなくって玄関まで入ったら話し声が聞こえてきた。「これ2,400円もする、こんなもんほんまにええんやろか、注文するんやなかったな」とか言ってはるんですよ。うわー、僕全然ちゃんと説明できてなかったと。少なくとも断り方も言うてなかったと。今はそんなこと絶対にしないですよ。「これはこうですよ」って説明をちゃんとして、「まあ僕は本心からお勧めしますけど、お断りになるんであれば今日ここに電話してちょうだいね」とかね、安心しますよね。それがなかった。安心感を持っていただくっていうのはやっぱり基礎中の基礎でしょうね。
デンマークと日本との違い
化大好きだけど、やられたと思いましたよ。デンマークでさっきの老人保険施設に行った時。僕は行く前に日本から友達に紹介してもらって、何回もFaxとe-Mailでやりとりをしたんですよ。その上で「行きます」と行ったんです。昼過ぎに着て「こんにちは」って行ったら「ああ日本から来た備酒さん、わかりました。また明日8時に来てね」と追い返された。
日本から来てまんねんで。しかもすごい田舎。首都がコペンハーゲンでしょ。そこから飛行機で2時間、特急で2時間、バスに40分乗ってやっと行ったんですよ。「帰れ」って言うんですよ。明日8時に出直してこい。しゃあないからバスで駅前まで戻って木賃宿みたいなところ取って、ふたたび8時に行きました。行ったら座らされて、そのまま4時間テストですわ。テスト言ってもフレンドリーなテストですよ。入れ替わり、人が来るんですよ。
利用者代表も来ました。「お前何者や」みたいなこと言うんですよ。多分テストに合格したんでしょうね。そこの理学療法士が上着貸してくれて「これ着なさい」これで入っていいよと。彼らは徹底して利用者のプライバシーを守りますよね。自分たちの仕事は見せます。だけど、利用者のプライバシーは徹底して守る。
わが国は逆です。皆さんがそれなりの名刺持って特養に行ってみてください。「どうぞうちは公開された施設ですから」って、いきなり利用者のとこ連れていってくれますよ。僕なんか理学療法士って書いてあるでしょ。大概風呂場に連れていってくれますわ。「もうよろしいよ。入ってはるんやったら」「いやいやまあ見てください」お爺ちゃんお婆ちゃん裸ですわ。
もうそんなんされたらごっつう腹が立ってね。腹が立って、たいがい事務室でいろいろ見せていただいて「最後におたくの施設の処遇経費の一覧を見せてちょうだい」「誰がそんなもん見せれまんねん」って怒られますよ。変や思いませんか? 利用者の裸は見せれても自分たちの高々数字が並んだ紙切れは見せれないのか。「どないなってまんねん我々の価値観は」と僕は思います。今まであまりにそういうことにノーチェックで来たと思うんです。
例えばホームヘルパーさん。1月に1回くらい忙しくてもレポートは書くべきですよ。全部の記録やなくていいですから『こういうケースでこんな事しましたよ』みたいなレポートを1枚でいいから積み重ねていくっていうのは財産ですよ。それを人に見てもらうっていうのは、ぜひなさったらいいと思いますね。
情報の届け方が大切
但馬の中でも奥の奥というところで老人クラブの集まりがあって、皆さんが履いてた靴が酷かったんですよ。よく歩かないといけない地域やのに。そこで僕が履いていた「NIKE」の靴と、保健婦さんの「new balance」を脱いでもらって、皆さんに見てもらったんです。真剣に見て、履くんです。「これ1万円でこれは8千円くらいですわ」と靴の説明もして「それなりに高いですけど、こんなええところもありますよ。だけどこんな悪いところも、高いとかね」ということを説明して。
なんと1か月後に、玄関先にはNIKEとnew balance が並んでますよ。高齢者は貧乏やとか金使わへんというのはウソウソ。ちゃんと情報を届けたらいい物は買いますよ。ただ、その情報の届け方が下手です。良いと言われる物で自分がいいと思えば買う。情報を勝手に止めている。例えばこの中でケアワークで在宅に関わっている方で、NIKEの靴を勧めた方は多分ないですよ。ケアシューズですよ、大概勧めるの。
歩くためにはほんまにそうかなって思いますわ。もちろん装具なんかの関係があったら違うと思いますけどね。でももしうちのお袋が脳卒中になって装具が要るようになって、よく皆さんご覧になる靴ベラ式の、プラスチックの装具を着けるようになったら、僕は多分こういうレベルの運動靴のサイズ違いを買ってプレゼントすると思います。リハビリシューズなんてイヤ。ちょっとリハビリの悪口言ってしまいました。もちろん値段との相談もありますからね、幅広く考えたらいい。
何でここまで酷い事言ったかというと、今の世間には高齢者向けにそういう情報提供が全然ないから。怖いという意味で申し上げているんですよ。全部が全部これでないといかんという意味ではないですよ。例えばケア会議で、あの方にこの情報届いてなかったって言ったら、担当者が「私、言いました」っていうことになってしまうことがある。こらもう敗北やと思う。「えっ、届いてませんでしたか、こういう風に申し上げたんですけどご理解いただけてなかったらこらあきませんわ。
私、実はあの時こういう風に言うたんです。それで伝わってなかったら、また別の方法で伝えることを考えないとね」ていうのが当たり前やと。相手にどう伝わったかまでが情報伝達の我々の側の責任やと思うんですよ。これもね、日々の業務の中で考えておく必要あると思う。
75歳の母ですけどね。神戸で一人暮らしをなさっておられるわけですわ。なんぼ「但馬に来い」言うても「誰がそんな田舎に行くか」て来ないんですよ。彼女の家に行ったら、こんなん置いてあってね、「これ何?」って聞いたら、「買うたんや」と。75歳ですよ。「あの歌を忘れない〜フォーク世代に贈る超強力版ザ・ベストニューミュージック」ですわ。「誰が好きなん?」「拓郎さんとさだまさし」とか言ってました。
ちょっと驚きもしたんですけど、考えてみたら当たり前ですわ。うちのお袋、僕の年の頃、東京にビートルズ見をに行ってるんですよ、ミーハーのはしりですわ。たまたま30何年経ったら75歳になってもたんです。これね、皆さん認識なさってます? 「高齢者」っていうイメージが20年前に高齢者やった人も今の高齢者も同じくくりになってませんか? うちのお袋はビートルズ見た高齢者ですよ。皆さんは、安室奈美恵を見た高齢者になるんですよ。いくら高齢者って言われても、全然違ってるんですよ。
但馬市のデイサービスに聞きました、電話して。「すんません、拓郎さんの歌ありますか?」って「ないですよ」童謡と白樺ばっかり。家で拓郎さんを聞いてる人がデイサービスに行ったら、急に童謡と白樺になるなんて変や思いませんか? そこで「いや拓郎さんとか」て言うたら、変な人とか言われるんですよ。何を贅沢なことよとかね。
皆さんはデイサービスに来た高齢者ですから「はい、皆さんで童謡歌いましょう。ほーら楽しいでしょう? 」ちょっと誤解のないように申し上げておくと、僕はチイチイパッパを全て否定する気はありません。ただ、チイチイパッパをやるのはテクニックがいります。僕は得意です。その代わり、ものすごい頭使いますし、楽しもうと思えばね。何も考えんと誰がするかいと思いますよ。やっぱり技術ですよ。
善意が相手を傷つけている
これ新聞に書きましたが、ある特別養護老人ホームの中を僕がカメラを持って歩いてる時に、頼まれて撮った写真があるんですが。彼女が「あんたちょっと写真撮って」とおっしゃる。「ハイ撮りますよと言ってカメラを構えた」何枚も撮ったんですが一枚も笑わんとブスっとなさってる。「ああしまった」僕ものすごい気ィ悪いことしてしまったかなと思って気になって、横に座って雑談を始めた。
すると問わず語りに彼女は「ここでも写真はしょっちゅう撮ってもらえるんです。職員さんは親切に撮ってくれます。ただ、撮る時に必ず(ハイ笑って、ハイチーズ)って言う。私、世話になってる人が笑えって言うから笑うけど、一枚くらい笑ろてない写真が欲しかった」ておっしゃる。僕はその時落ち込みましたよ。だってね、写真撮る時にね、「ハイ笑って、ハイチーズ」、これ善意やないですか。しかも一般的な言葉でしょ。
写真撮る時にブスっとしてこう撮るほうがよっぽど悪意で、非常識やないですか。善意で常識的な言葉であっても、時には相手を傷付けて縛り付けていたと。この時にですよ、我々側に一つの技術があったら、簡単な技術ですよ。「どんな風にお撮りしましょう」て聞く技術ですよ。嫌味なくね。これがあればそんなことなかった。
ケアサービスやる時
「見る」「見せる、見てもらう」「聴く」「伝える」こと。これが技術としてできるようになったら、だいぶ良くなると思うんですよ。これはうちのスタッフの部屋に貼ってあります。技術のとこで僕は言い切ったやないですか。僕は巧いですよって。なんで言い切れるかっていうとね、トレーニングしているから。月に一回は必ずやります。何やってるか? アクティブリスニング。
利用者側とスタッフ側の役回りで、利用者がなるべく喋らずにスタッフを喋らして情報を取る練習。10人くらいずらっとうちのスタッフが並んで、メモ持って「相手が嫌そうな顔してるのにそのまま話題を逸らさず10秒続けた」とかね、「相手がせっかくいい話を言いそうになった時に言葉がかぶった」とかね、もう泣きそうになるようなチェックです。これは月に一回やります。
当たり前やと思うんです。これをやらずにできるほうが不思議やと思う。老人クラブとか機能訓練教室っていうのがあってね、例えば「リューマチでイライラしてる方」「ちょっと痴呆でフワフワしてる方」いう札をぶら下げたところで、さあ健康体操やってみいと。最低のシチュエーションですよ。身内で、手の内知られてて、しかも皆演じてますからね、「疲れた」とかって言うわけですよ。
これも数ヶ月に1回はチェックします。健康教育の場面でね、老人クラブの皆さんなんかに話する機会は多いですよ。その時の内容が妥当か。間違ってないか、正しいか。伝え方が面白いか。例えば、ここのセミナーで僕今日1時間以上喋っているでしょ。ここの中でお一人でも寝ていたら、僕はちゃんと日記に書かなあかんルールになっとるんですよ。僕が責任持って喋ってる時に何人寝たと。それは僕が悪いんですよ。という風に理解せずにやってれば、いつまで経っても技術としては身につかない。
「行為の自立」と「決定の自立」
「行為の自立」と「決定の自立」では、だいたい「行為の自立」に目が行くんですよ。例えば、立つとか歩くとかご飯を食べるっていうのは「行為」だけど、立つためには立とうと思うって「決定の自立」があるはずですよね。これを支援せずに、あるいは邪魔してただ立たそうと思っても、それは立たされてるんですね。このことをお仕事の中で考えていただきたいんですよ。「どうやったらこの人立つ気になるかな」いうことを考えるだけで、仕事が変わってくることがあると思いますよ。
譲り合うチームワーク
「チームワーク」がどう大切かと言うと、保健師さんがいます。彼女はあるお婆ちゃんに座ってもらおうと思って在宅訪問したわけですよ。行ったら、先来てたホームヘルパーさんがもうちゃんと座ってもらっていて、おまけに足浴まで始まってたと。彼女はもう仕事がなくなって笑ってるだけという。3週間前まで彼女は寝返りさえまともにできなかった。
その方が起きあがれる、ていうことをいろんな情報集めてきて判断できたのは保健士の彼女です。ほんならこうやって寝返りしてこうやって起きて、こうやって座ろうよって言えたのは、理学療法士の僕です。それのええとこ取りできたのがヘルパーの彼女です。ほんま素晴らしい。だから現場って大事。
もしもですよ。保健師さんが「いや、私がいないときに座っていただいたら危ないからだめです」まあ理由があればそう言わないといけないけど、大した理由もないのにそう言い張ったり、あるいは理学療法士の僕が「いや、私がいないときにお座りいただいても筋肉のバランスが…」とか言ったり、ホームヘルパーさんが「私は寝ててもらっても足浴できますから」と言っちゃったら、この人いつまでたっても座らないですよ。結局ね、みんなが上手に譲り合ったわけでしょ。これはとても大事です。
プライドとメンツっていう言葉があるね、これも理解していただくと仕事変わりますよ。明日から。僕は、これをある講演で聞いてね、感心しました。その講演者曰く「プライドのある人というのは、自分に専門性があって、その専門性にちゃんと責任を取ろうとする人である」だから、自分の縄張りに入ってくる人を、ちゃんと見極めてね、譲るところは譲る。あかんことはあかんと言う。それがプライドのある人。
メンツしかない人っていうのは、自分に専門性がない人。だから、初めに強固な縄張りを作る。入ってくる人は全部だめって排除する。それがメンツ。案外、我々の仕事の中ではこっちが横行してませんか。やっぱりちゃんと人に聞けて、相談できてっていう態度は、こういうことからも大事になってくるような気がしますね。皆様が人とカンファレンスするような時にね、ケアの現場で思い込みを引き起こしやすいキーワードを挙げてみると使い方を誤ると、カンファレンス自体を潰すことになるんです。
例えば山田さんという方が「今なんとか歩けるようになっているから、そんな閉じこもった生活やなくて前に進んでいこうよ」と僕が言った。その時に、例えば僕の正面にいた方がジーっとこっち見ながら「やぁ、介護負担がね…」て言われたら、話終わるんですよ。「いや、お金がね…」とか「いや、いろいろやってきたんやけどね…」とか言われたら話終わっちゃうんですよ。
だけど反面、今みたいに嫌な顔して「お金がね…」って言うんやなくって「あっ、備酒さんそれわかる。ただね、実はお金の問題がこうあって、ここんとこは問題やで」と。外出についても「だけどこの分ではいけるかもわかれへんで」ていう議論になれば、これは前向きの話になる。ちゃんと議論に参加していくという態度をお互いに共有するのは、大事やと思いますよ。
セルフエフィカシーっていうか、人の行動変容って言葉があるでしょ、我々の仕事はね、やっぱり人の行動をちょっと変えていくっていうのが大きな仕事やと思うんですよ。それについて少しお話をします。結論から言うと、人の行動を変えていこうと思うんだったらこの3つは守ってくださいよっていうことです。
◆「怒るな、誉めろ」です。例えば「煙草は体に悪いですよ」止められた人は1人もいないです。「煙草を止めるとこんなにいいことがありますよ」で止めた人の方が多いです。
◆「スモールステップの原則」。例えばここに脳卒中でしんどい目をしてる方がいらっしゃる。「元気になりましょう、なれたらよろしいよ」なれる訳ないですがな。どういう風に元気になっていくのかっていうことをちゃんと具体的に示していく。それがプランニングです。
◆「過剰学習の効果」というのはね、オーバーラーニング、これは行動学の分野で大事な言葉です。例えば自転車とスキーは、体が覚えてる記憶のメカニズムなんですよ。普通生まれてすぐ自転車に乗れたりスキーできる人いないんです。どっちも練習するんです。10年くらい自転車に乗ってない方にね「今自転車にお乗りになれますか」て聞くとね、大概「自信ないけどちょっとやったら乗れると思います」っていう方がほとんど。
10年くらいスキーしてない人に「スキーできますか」て聞くと「いやあかんわ」て方がほとんど。これは過剰学習があるかないかなんです。自転車に乗る練習をして、乗れるようになったら便利やから乗るでしょ。それを過剰学習って言うんです。自分ができるようになってもさらにまだ練習を重ねていく、自然と。過剰に学習が加わる。これが過剰学習。
それに対してスキーは、できるようになりました、うまく滑れるようになった頃、雪がやみます。春になりできません。自転車と比べるとなかなか過剰学習ができるほど行かない。だからこういう記憶は、楽にできるようにならない。成果として維持されない。正にこれは「しているADL」と「できるADL」です。
具体的に言うとね、皆さんが在宅ケアやってるとしましょう。「○○さんはちょっとこれやってみましょうよ」てやってみた。「あーできましたよかったですねー」で終わっちゃったら、次から絶対しませんよ。「できましたね、お見事。よし、明日からもうちょっと練習しようや」を繰り返す事を心がけしましょう。
|