|
「介護現場とリスクマネージメント」
講師■村田 麻起子さん
(特別擁護老人ホーム フィオーレ南海 生活指導員)
--------------------------------------------
報告していく流れを作っていくことも大事だと思いますね。事故報告書は絶対書かないといけないけれども、書いてくれたことをすごく評価するということが重要になってくると思います。書いてくれた中には、こういう状況で危険だったっていうことが書かれています。それに必ず対応策をこうじることが更に大切。フィードバックすることです。自分が言ったことが何も改善されてなかったら、「何を言ったって聞いてもらえない」というような、諦めというのが出てきますよね。
そうではなく、「あなたはこういう風に書いてくれたからこのようにしたよ」っていうようなことを返す。誰が返すか? リスクマネージャーっていう方がいらっしゃったらそれでいいし、主任者でもいい。その現場の職員に報告してくれたことを、「良く書いてくれたね」って言うことや、「あとこういう風に変えたよ」っていうようなこと。すぐに変えられることって結構ありますよね。皆で話し合って変えないといけないような問題もあるし、すぐに変えられるようなこともある、そういうことが次の報告につながってくるのではないかと思います。
生活施設では、安全に暮らすっていうこともすごく大事なのだけど、安心して活き活きと暮らすっていうようなところですね。危険なことも起こってくるわけで、安全だけだったら、本当に管理的になってしまいます。ところがその人の言うことをある程度実現しながらということになってくると、やっぱり危険と隣り合わせですね。人間が生きていくっていうことはそういうことですよね。そこでどれだけ事故ってい うのを予防して最小化するかっていうことが大事だと思います。
私たちは日勤の中では、迅速に対応し、起こった時に報告することですね。「ここが危なかったな」っていうことはすぐに変えていき、予防していくこと。それ以外にもやらないといけないことってたくさんありますでしょ。入浴介助や食事介助とか、やることがたくさんある。その「ながら」の中で何ができるのかっていったらやっぱり「報告」とか「予防」っていうことになってくると思います。
施設の中ではチームケアですよね。たくさんの職員がると前向きな人もいれば、後ろ向きな人もいて、どっちでもいい人がいる。ところが、意識改革やチームケアなど重要な部分は、このリスクマネージメントに取り組むのがきっかけで、チームというのもできてきました。
例えば椅子が軽かったら、「二つ三つくくって縛って安定させるようにしていこうじゃないか」、椅子を低くしたければ、木の椅子だったら、足切っていこうじゃないか。椅子の脚を切ったら、今度は机が高くなる。机も脚を切ったらいいんやないかと。調節するために車椅子を低いのにする。低い車椅子いいんだけど、比較的に施設の座面ってみんな高いから、「机も高い」「ベッドも高い」となり、合わなくなる。そしたら、せっかくの低い車椅子シートにクッションとか座布団とか敷いて、不安定になり前へ転倒っていうようなこともあるかもしれないから、机とかも切れるものは切ったりしましたね。
新しいものを買えるわけではないし、いいハードが一杯出回っています。施設サービスで、例えばいい車椅子って言ったって、施設負担か個人負担になってしまうわけでしょ。身障手帳で、2級以上、下肢全廃2級以上お持ちの方は、補装具の一部として、既製のではないけど特注で車椅子を作ってもらえます。その場合は出ます。けどなかなかいい車椅子を提供できるわけではないし、そういうもので工夫していったっていうこともひとつです。
場の設定とかもいろいろ皆と話し合いながらね、机の置き方とか、例えば短期入所だったらベッドの位置、「家のベッドは、右から下りるようにしていたから、ここのベッドの位置も、そういう風に変えましょうか」っていうような。ものすごく具体的なことを現場でやっていて、事故というのは減ってきました。
「集団で動かすケア」から、その人の生活に合った援助へ
「報告」と「予防」というのは、どこの現場でもできることだと思います。そしてその軸になる人って必要ですよね。「主任者がやるか」っていったら主任者はいろんな仕事を兼務しているわけで、今いろんな施設でリスクマネージャーといわれる方を置いておられる所もあるように聞いております。一人のリスクマネージャーがいてやるということもいいのですけど、何人かの方が集まって、委員会っていうのを立ち上げてやっていってもいいんじゃないでしょうか。

「身体拘束廃止委員会」とか、「身体拘束の廃止」と「リスクマネージメント」っていうのを一本化して委員会を立ち上げるとか。内の施設では特養から1人とかいうのではなく、特養だけではなくて各事業所から1名ずつ募っております。だから訪問介護通所介護から1人、居宅から1人、看護から1人、特養から1人という構成でメンバーを組んでいます。でないと、ひとつの事故が起こった場合、特養なら特養だけで終わってしまったり、在宅なら在宅だけで終わってしまったりと情報を共有化できないということがあるのです。情報を共有化するためにもいろんな部署から募って、チームでリスクマネージメント委員会というのを立ち上げております。
またその会議以外でも、例えば低床ベッドっていうのを昨年の1月にレンタルで入れました。低床ベッドというのは非常に低くなって、24.5cmくらいまで下がるんのすが、介護職っていうのは、低いベッドでおむつ交換すると腰が痛くなるから、高くしてしまう。高いところでやってそのまま出ていったら、低床ベッドじゃなくて高いベッドになっちゃう。これどうしたらいいのかということで、ベッドの裏に鎖をつけてね、一番低床になった時にその鎖が床につくようにしました。
このような工夫をリスクマネージメント委員会でやっています。車椅子の整備とか、その人に合っている車椅子などを出していく。それと車椅子の管理ですよね、車椅子のエアーが抜けていたり、壊れていたり、いろんなことがあります。そういうことも委員会の方でやってくれております。皆、他の仕事を持ちながらのことですから、十分にはまだまだですが、継続して月1回の会議をやって、事例検討などやりながら、動いているっていうことは確かです。
私たちは既存の特養で仕事をしています。今、新しい特養っていうのは、いろんなことが考えられて、あらかじめカウンターや、椅子、テーブルとかも低いのが入れられていたりしますが、既存の特養はなかなかそういうわけにいかないですね。やっぱ工夫していかないと仕方がないですね。低床ベッドもうちは20導入しましたけど、レンタル料が6万円。6万円を捻出するのにおむつを減らしてですね、おむつ外しをしてトイレ誘導を多くして、おむつ代を減らした分でレンタル料を出しています。これ以上なかなか減らせないですね。
後は工夫ですけれども、何を工夫するか。ここが問題ですけど、これ以上ハード面で工夫するのは苦しい。とするとソフトの部分での工夫ですが、「なぜ事故は起こるのか」という問題。お年寄りと離れて事故は起こりますよね。そこで見ていて起こる場合もありますけれども、「ちょっと待っててね、すぐ来るから」と少し離れている間にポテッとかね。トイレ誘導して「今ちょっとタオル持ってくるわ」と離れて、転倒。
つまりは側にいないっていうことが一番大きな問題になってくると思いますが、利用者から意識が離れるのは、なぜか? 「何時何分からおむつ交換あるから」という意識が「ちょっと待ってて」といわせてしまう。施設の中では、そういう日課とか業務とかが流れてますでしょ。「集団で動かすケア」っていうのがずっと行われてきていたんです。その中でやっぱり「この人がトイレ今行きたいから動きかけている」とか「この人が喉乾いたから自分で立ちあがってそこのコップを取ろうとした」とか、そういうことに対応しにくいですね。「見えてたんやけどそこでこけた」みたいなね。ミーティングして立ちあがって見えているのに、そこで転倒。それでもフロアで誰か1人、見守り介護していたら事故は回避できたでしょう。そういうシフトに変えていってはいかがでしょうか。
ところがですね、職員ももう日課を流すことに慣れてますでしょ、「今日あの人は入浴やで、すごい早いから早やく済むで」みたいな意識があるんですね。また「あの人やから遅いわ。今日は大変やで」みたいな。でもね、それって職員の考えです。利用者主体と言われながらね、職員主体の日課の流れがありますでしょ。変なことやっているんですよ、私たち。流れるように入浴介助も手順よくやって、短く入浴時間を終わらしてくれる職員が「いい職員」なんですね。でも違うでしょ、本当は。自分たちが本当に介護されたら、そんな職員すごい嫌な職員ですよ。
それよりも「あの人に言うたらゆっくり脱がしてくれる」とかね、「あの人に言うたらもうちょっと浸かっていきよ」って言われるとかね、「トイレはあの人が連れていってくれたら、ゆっくり座っていていいよ」って、「終わったと思ったら呼んでって言ってくれる」とかね。その利用者の方は全部お金で8時間労働のサービスを買っておられるのですね。それが措置時代と全然違うんですね。
だからね、ゆっくりすることは全然悪いことでないっていうことを、自分たちの意識も、主任とか副主任とか、そういう方の意識から変えていかないと、動きは変わっていかない。だって、ゆっくりしたら「あんたほんまに遅いね」みたいなの言われたら、やっぱりできないですよね。「この人が夜勤やったら仕事残していく」とか言われたりね。利用者に関わっていてやってないんだったらそれはいいわけです。お年寄りにとってね、日勤は何時から何時まで、夜勤は何時から何時までなんて関係ないんです。
一日は絶え間なく連続して流れている。そこで誰であろうと「ちょっと」って言われた人が職員なんですよ。だから、こちらも「ちょっと」って言われたら、そこで立ち止まって、何分かその人に関わることによって、その人は落ち着くわけでしょ。そこで関わらんと放っとくと、あとで自分で立ち上がって、ふらつき転倒と大きな問題になってくる。だから、そういう意識を変えないとだめですね。これは全員でできることだと思いますよ。職員が、ゆっくり関わることを評価されるような風土に変えていかないと、利用者に気を使わんと職員同士で気使うんです。お年寄りに気を使っていただくには、最初はいろんな抵抗もありました。
特養の食事ってご存知ですね、老健でもそうですけど、配膳して、食事介助して、下膳して片づけして、もう終わりの頃には遅く食べてはる利用者の横で職員が床拭いたりして、ゆっくり食べていられるような雰囲気ではないですよね。あれは「食事」じゃないですね、食事「介助」なんですね。生活援助っていう中では食事でしょ。食事って楽しみでしょ。各食選択食でね、以前は1時間取っていた時間の幅を、2時間にもっていきました。そのために早出・日勤・遅出のシフトを全部変えてきましたけど。
その場で見本見て選んでいただくんですね。そんな「全員の人に選んでいただいたらもう業務が終われへん」とか「次のことができない」っていう職員の抵抗もありました。利用者の方も「選べるっていうたってどうせ早よ行かななくなるやろ」みたいな状況がみられ、我先にっていうような勢いでした。そういう飢えた感覚がある。「行かないと食べられない」、「今食べとかんと次いつ食べられるかわからへん」、「今お風呂入らしてもらわんといつ入れるかわからへん」て、飢えた環境にいらっしゃるから。
それを、選択食っていうのをやっていく中で変わってきたんですけど、なんで変わってきたかっていうと、たるみとか、余裕の時間が生まれる。そこに何が生まれるか、会話が生まれるでしょ。施設の食事って会話がないです。「喋ってたら早く食べられへんし、ゆっくり食べてたら職員さんに悪いし」みたいな。会話やコミュニケーションがないと関係性が生まれないんですね。ところが、たるみの時間でやっぱりおしゃべりしますね。利用者と職員もおしゃべりします。コミュニケーションっていうのは絶対関係性が生まれる。
ゆっくり食べて話して食べるっていうことです。いい時間が流れる。現場で感じてくると少しずつ変わってきました。今は食事するときも、ゆっくり行ってもA・Bどちらもあるっていうことがわかって頂いているので、ゆっくり来られるようになりました。今混んでるから後にするわ」っていうようなことが出てきました。そういう食事の選択に取り組む課程で、たくさんの気づきがあり変わってきたと思います。
日勤・遅出・早出というように時間をずらして勤務を組んで、休憩時間も皆違います。一番私が、変わったなって思うのはね、遅出が1時半から休憩に入るんですね。なぜかといったら11時半から1時半まで昼食の時間だから。昼食される方が全て終わってから遅出が休憩に入るんです。ところが、昼食2時間の幅っていっても、ゆっくり食べてですね、結局、食べ終わらない方もいらっしゃる。そういう人たちに「さあもう今日は1時半やから上がって」っていうことはしません。そのままずっと食べて頂く。
そしたらやっぱり見守る人が要りますよね。遅出が最後まで関わっている。遅出が勝手にその日の状況によって休憩時間をずらしていくのです。そういう風に、その日その日の利用者の状態で変えてくれるように、自然になりました。その日によって遅出は「2時から1時間休憩取って、3時からお風呂に入れるようにしましょか」みたいな。で、「6時から8時までが夕食の時間なんで、それまでにお風呂入れたらいいでしょ」って。一日の生活が、自然に変わってきました。そういうことをすることを誰も咎めない。「1時半やのになんで今日は2時からなん!」てことを言うとやっぱりできないんですね。
そういう風に変わって、利用者に合わせるようになってきてから事故が減ってきた。痴呆性の人の場合、例えば徘徊とか問題行動など、いろいろありますね。徘徊とかも、ちょっと関わって「○○さん」って呼び止めただけで止まるし、「座ってお茶でも飲みましょか」って、徘徊の人ってものすごい喉乾きますよね。「ちょっと座ってお菓子でも食べる」っていうことによって落ち着いてきます。「徘徊でベランダから、どっか行かれた」みたいなことがないようになってくる。関われば危険な状況は減ってくる。関われるようなシフトに変えていくことと、関わることがやっぱりいいことなんだと評価するような風土に変えていくことが、「ナントカ対策」であるとか「ナントカ分析」よりもずっと手っ取り早い。
つまり、私たちはね、介護しているように見えて介護してないのですね。うちはしてなかったと思います。トイレ誘導して、「ハイ出ないね、ハイ」「パット当ててって」言って。そこで排泄介助を待ってあげて、10分15分経ったら「ああ出ましたね」っていう人いらっしゃいますでしょ。介護をしたかに見えてしていない状態を作って、後で本当にしたい時に大失禁。全着衣交換でものすごくそこで時間を取ってしまって、その間に誰かが危険な状況になっていたとか。
自分たちがやらないことで自分たちがまた後始末をやって、危険な状況を生もだしてきているのですね。8時間労働を、例えば日勤が7人いたら、介護量(7人×8時間=)56時間しか提供できないんです。それをどのように配分するか、すごく大事でしょ。それを後始末介護していたら、結局ちゃんと関われなくて、どんどん危険な状況が生まれてくると思うのですね。車椅子から転倒される、じゃ車椅子に座らないでソファに座っていただいて、お茶を出すとかそういう落ち着いてもらうような関わりをする。そういうシフトに変えていくことが、大事だと思います。
日課ばっかり追うと、利用者からほんとに意識が離れて部屋の中から利用者がじっと廊下の外を見ている。誰か通るのを待っているのです。でも、スタッフは視線で切る。「ここで一旦止まって目が合ったら絶対何か言われる。」だから、視線を合わせても、視線を切るようなことがあるわけでしょ。コールが鳴ると職員が、「はい、はい、わかりました、もうすぐ行きます」とか。でもその時に、まずその部屋に行って、ちょっと話聞く。コール減りますね。コールっていうのは、内容は「喉乾いた」とか「もう薬ない、まだ配ってくれへんの」とか「下着がない」とか様々ですけど、関わりを求めているのですね。
そして、側にいってじっくり腰を落ち着けて話しを聞くと満たされる。それを繰り返していくと、自然にコール減ってくるんですね。私たちはほんとに1分2分、3分4分のことをものすごく惜しんで、あとで大変なことを引き起こしているのですね。食事時間を変えて、入浴時間も変えていったんですけど、食事がばらばらに終わります。排泄時間もばらばらになりまして、お風呂もやりきる、とかそういうのを目的にしないようになってきました。あんまり時間にこだわらなくなってきたのですね。「6時から夕食だからそれまでにゆっくり介助したらいいでしょう」っていうことで、たくさんの人をずーっと入浴室の前に並んで待つようなことはしないですね。
そういうことすると、その人たちを見守る人が必要になります。それに、ずーっと待っているから辛い、体も心も疲れてくる。不満ですよね、待たされる感覚っていうのは。入れる方だけ1人2人声かけて、誘導者がお連れして、また、入り終わられた方にドライヤーかけて、帰って頂くっていうようなことをしています。うちは、入浴室に配置できる職員非常に少ないです。内の介助に1名、外の着脱介助に1名、誘導者1名。足りないですね。そんなたくさんの人は入らないけれども、看護職が1日1人は入ってくれるようになりました。
もう人手はどこにあるかって、あとは看護師です。で、看護師さんに手伝って頂くんじゃなくて看護もシフトの中に入って、この3月から看護と介護を合わせて勤務表を組んでいます。看護師もフロア制です。2階担当・3階担当の看護師を組むようにします。処置とかだけするんではなく、おむつ交換もして、居室配膳があれば食事介助もする。口腔ケアもする。そういう勤務を4年目にしてね、介護と看護が一緒に動けるようになりました。これはでも時間がかかりました。
ほんとに最初は、「なんで介護職の仕事をせないかんのよ」みたいなところから始まって、介護職は「看護師さん怖い」みたいなことがあります。利用者の昼食、在宅の職員や特養の職員、看護も入り、その中でその職員同士のコミュニケーションもできてきていると思うんです。少ない人数でやりきる食事介助なんて求めてないので、入れるだけの職員でやり、在宅の職員が足りない時はやっぱり特養の職員もおりますから、お互い協力し合ってやっていく。
レクリエーションでも、担当する職員を出しにくい状況なんですが、通所のレクリエーションで三味線をやっていますので、そっちに遊びに行ったりしながら、お互い協力しながらやっています。だから人をものすごく増やしているわけではなく、今、いてる人や時間と場所、配置する時間と場所を変えてる。今は入浴介助には中1人、外1人、誘導1人なんだけど、以前は入浴内介助2人、外介助2人。でもあんまり時間は変わらない。
なんでか言うたら、うちの入浴室なんてね、できてないハードで、リフトで湯船に入れるのは、結局1人なんですよ。たくさんの人を2人の職員で洗身介助したって、どうせ湯船に入れるのは1人。そこで足踏み状態をしてるわけです。結局そういうベルトコンベア式のことをやっても、ひとつが止まったら全部止まるんですね。1人ずつ行って、内介助の職員は何もすることないわけで。余剰の職員を、フロアに上げました。フロア1人待機の時間によく事故が起こっていたのです。
利用者1人のお部屋に入ったりしたらフロアーで、見守りできなくて転倒っていうこともあったわけです。入浴室に入ってた早出をフロアにいるようにしました。だからリーダーと早出が常に2人フロアにいるっていう状況を生み出していった。そこへプラス看護職も3月から入り、余計見守りとかが強化されるっていうことに。何かあった時に関われる職員を多く配置した。でも日勤は7名で変わってはいないんです。「足りない足りない」って言ってても、「そしたら何人で足りるんや」っていうことになるんで、「この時間どこに何人誰が足りない」みたいなことを出して、考えていかれたらいいですね。その中、わかりあえて、いいチームになってきたのではないかと思います。
うちなんかは自慢できることが全然なく、構造物はそんなに新しくないし、いろんなことやっているように言われているかもしれないけれども、現実の取り組みなんてそんなに進むわけでもない。たくさんの人が暮らしるから、変わるっていったらちょっとずつですよね。でも振り返ったらずいぶん変わったなと思っています。一番嬉しいのは、職員の一人ひとりが利用者に合わせるっていうことを、自然にできるようになってきた。利用者に合わせることをせめぎ合う環境ではないっていう。そういうチームってすごい大事だと思います。
いろんな方がいるけれど、一人ひとりのお年寄りがすごく大事に思える。日課とか業務に流れたら、人間ってやっぱり人を物のようにしてしまうんですね。だから人権っていうのを考えようと思ったら、労働環境が大事だと思うのです。人間って環境にすごく左右されますから。残業とか云々よりも前に、利用者に関われる環境、シフトっていうのを皆で考えていく。だから、人が増やせないのであれば「この時間ここはちょっと余裕があるのじゃないか、そしたらここへ持ってくればいいんじゃないか」っていう話し合いを現場ですること。まず考えることから始まると思います。
その関われる労働環境は危険をすごく少なくしていきます。そういう環境、ですね。私たちの労働環境がつまりそこの施設に暮らす人たちの生活環境になるのですね。そこの施設の理念とか、方針とか、サービスとか、介護力とか、職員の資質とか、そういうことが全てお年寄りの生活環境になるっていうこと。私たちの労働環境を変えるってことは、お年寄りの生活環境を改善することにもつながってくると思います。
お年寄りはものすごく大事ですけど、関わる職員が大事にされている、一人ひとりの職員が大事にされているっていうことは、一番いいことなんじゃないかな。だって、職員が提供するサービスなのですね。一番生産性生でいるのは現場の職員なんです、介護保険料の生産性生んでいるのはね。この人たちを大事に育てることが一番ではないかなと思います。そして、利用者に安全に安心して過ごせる時間っていうのを拡大していって頂けたらなと思っております。
|